運営者情報

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プロフィール

池田 遼(いけだ りょう)

1994年生まれ。中央大学商学部商業貿易学科卒業。

新卒でフィリピンにある日系エンジニアリング企業にて約1年半の間日本語教師として務めた後、独学や職業訓練校でウェブデザイナーコースを受講し、フリーランスWeb制作者として独立。

WordPressを利用した新規サイトの制作や改修案件を数多く手掛けてきた実績があります。

※適格請求書発行事業者

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経歴

1. 大学時代(東京・アイルランド)

2013年4月〜2018年3月まで東京の中央大学で大学生活を送りました。

1年間人より卒業が遅れたのは、大学1年が終わったタイミングで行った1年間のワーキングホリデー留学に行ったため。

元々はイギリス音楽(ビートルズ、オアシスなど)の影響でイギリスに行きたかったのですが、YMS(Youth Mobility Scheme)が取れなかったので、距離的に近いアイルランドへ留学を決意しました。

アイルランド滞在中はブラジル人3人とルームシェアをして暮らしたり、リゾート地でキッチンスタッフとして働いたりしました。

ダブリン滞在中のルームメート
職場の隣町「Doolin」で撮った写真

アイルランドの西部にはアイランド随一の絶景スポットとして知られるCliffs of Mohar(モハーの断崖)などがあり、英語がそこまで堪能でなくても仕事が見つかります。

実際当時働いていた際は英語がそこそこの日本人が多く、最もコミュニケーションを取らなければならなかった同僚は英語がほぼ話せないスペイン人のおばあちゃんでした。(笑)

留学当時は10代だったこともあり「海外に長期滞在するということ」「人種的マイノリティになるということ」「フルタイムで働くということ」という経験から苦労もしましたが、忘れられない貴重な学びになったと感じています。

Ryo

ちなみに、私が滞在していた場所は「Lisdoonvarna」と呼ばれるとても小さな村でした。日本では99.9%の人が知らないと思いますが、毎年9月にMatchmaking Festivalと呼ばれる大規模な縁結びパーティーが開催されており、アイルランド全土から様々な年代(年配の方が多め)の方がこの地を訪れます。
Lisdoonvarnaという名前の歌もあるほど、現地では知る人ぞ知る場所のようです。(歌はこちら

2. 社会人デビュー・フィリピンにお引越し

大学卒業後は「新卒から海外で働きたい」という気持ちが強かった為、日本語教師としてキャリアをスタートすることにしました。

大学時代の専攻は商学部だったため日本語教師になるには日本語教師養成講座を受講しなければならず、卒業してから約半年間は学校に通いました。

コース修了の1ヶ月ほど前から就職活動を始め、運よくインドの大学とフィリピンにある日系企業からオファーを頂きましたが、「フィリピン人は明るく人懐っこい」といったイメージがあったため、後者への入社を決意しました。

最終的にこの職場で約1年半務めましたが、フィリピン人の人懐っこさ・陽気さ、フィリピンのさんさんとした天気・これまで見た事ないほど透明な海は、控えめにいって最高でした。

フィリピンでのクラスの様子
ボラカイ島

「世界中で最も好きな国・場所は?」と聞かれると、迷いなく即答でフィリピン・ボラカイ島と答えます。

Ryo

あとマニラのBonifacio High Street(ボニファシオ・ハイストリート)とバギオのMt.Pulag(プログ山)は絶対訪れるべきです。

ただ、毎回楽しく日本語を覚えてもらおうと努力するものの肝心な仕事では「人にものを教えるのって難しい…。」と打ちひしがれることも多々ありました。

このまま先生を続けたい気持ちありましたが、当時の自分はもっと色々な経験がしたい・色々な国を見てみたいといった思いから、退職することを決意しました。

また余談ですが、フィリピンでは、本職の他に趣味でやっていたギターの活動にも力を入れており、現地ショッピングモールの許可を得てバスキングもやっていました。

フィリピンでは感受性が高い方が多いので、音楽を静かに聴き入ってくれる方が多く一生の思い出になりました。

以下は現地のバスキング仲間が撮影・編集してくれた演奏の様子です。興味がある方は見てみてください。

3. 日本帰国後、人脈・実績0からWeb系フリーランスに

「若いうちにチャレンジしておかないと後悔する!」といった思いから、約1年半日本語教師として務めた後退職し、Web系フリーランスを目指してWebデザインの勉強を始めました。

Webデザイナーを目指した理由は、フィリピン滞在中にプライベートではWeb系フリーランスの方と知り合うことが多かったことと、もっと色んな国を旅したいと思った時にオンラインで完結する仕事に就く必要があるなと思ったからです。

また、勉強を開始し始めた頃、ちょうどコロナウイルスが蔓延し始めていたタイミングだったこともあり、家にひきこもって独学を続けました。実家に帰ってからは大阪で職業訓練のWebデザイナーコースにも通いました。

Webデザイナーコース受講後、1度はWeb制作会社に入社しましたが、日本企業の独特な雰囲気に馴染めず試用期間(3ヶ月)の終了とともに自主退社を決意。

その後「自分でカスタマイズできないWebサイト」には需要がないだろうと考え、WordPress・PHPを学んだ後、フリーランスWebデザイナーとして名乗り始めました。

しかし、現実はそんなに甘くなく、独立当初は希望していたWeb制作案件の仕事はほとんど請けることができず、当分の間はSEOライティング案件とUber Driverで日銭を稼ぎ、半年ほどでSEOライティング・コーディングで生計を立てられるようになりました。

4. ノマドの聖地としてプチブレイク中だったジョージアにお引越し ← 現在

在宅ワークで生活費が稼げるようになった後は、日本にいなくても良いなと思い、子どもの頃からの夢だった海外移住を検討するようになりました。

そんな時に見つけたのが、外国人でも起業のハードルが低く、ビザなしで1年間滞在できる東欧の国ジョージアでした。

当時のジョージアはちょうど世界中のITフリーランスが目をつけ始めたばかりの頃で、コワーキングスペースに行けばジョルダン・キプロス・フィリピン・フランス・ロシアなど、様々な国籍のフリーランスが集まっていました。

世界各国から集まるノマドメンバーとの交流会
ジョージアでの開業届

言葉は違えどみんな同じ目的でやってきている方が多く、国際交流に積極的な方が多かったので、すぐに顔見知りになり、仕事が終わった後はそのままコワーキングスペースに併設されているバーで飲んだり、地元のパーティーに参加したりしました。

ロシアのウクライナ侵攻によるインフレなどによって、すっかり海外ノマドが去ってしまった感じですが、ジョージアにはここにしかない魅力が詰まっているため、今もジョージアに根を下ろして生活しています。

あまり知らない方も多いかもしれませんが、ワインの発祥地はジョージアと言われています。

ジョージアのワインはとても安く、元々ワイン好きでなかった私でもハマるくらい美味しいので、機会があればぜひ1度トライしてみてください。

Ryo

今後の目標としては、もう少し時間が取れるようになったらジョージア語を勉強し、現地の方とジョージア語でコミュニケーションが取れるようになりたいです。
ただ、こうして好きな場所で仕事をさせてもらっているのも、理解あるお客様のご協力があったからこそ。
わがままを押し通させてもらった分、これからも毎日精進を続け、期待の上をいくサービスが提供できるよう常に心がけていきたいと思っています。

当メディアを開設したきっかけ

当メディア「PLUSONEWEB」は元々、自分自身の備忘録として開設しました。

しかし、初心者でも理解しやすいように、とことん丁寧な解説を心がけることにやりがいを感じ、方向性を再考しました。

現在はWeb系フリーランスを目指している方や、すでにWeb系フリーランスとして活動している方々に向けて、自分のフリーランス経験に基づいた有益な情報を発信するメディアとして、PLUSONEWEBを運営しています。

当メディアのコンテンツを通じて、読者の皆様が何か1つでも学べたと感じていただけるよう、質に拘ったコンテンツを発信していきます。

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